
少額訴訟と支払督促、家賃回収の手段を落ち着いて選ぶ基本
督促の電話も、催告書も送った。それでも入金の連絡がないまま日が過ぎていく。「そろそろ法的な手続きを考えないと」と思っても、いざ調べると少額訴訟、支払督促、通常訴訟……と言葉が並んでいて、どれが自分のケースに合うのか分からず、手が止まってしまいますよね。
弁護士に頼むほどなのか、自分でできるのか。費用はどのくらいかかるのか。そもそも相手が無視したらどうなるのか。分からないことが多いほど、「まだ様子を見よう」と先送りしたくなります。でも、時間が経つほど滞納額は膨らみます。だからこそ、動く前に選択肢を並べて、落ち着いて比べておきましょう。
結論:家賃というお金の回収を目的にするなら、まず候補になるのは「支払督促」と「少額訴訟」の二つです。ざっくり言うと、相手が争ってこなさそうで、書類だけで早く債務名義がほしいなら支払督促。その場で事情を聞いて話をつけたい、証拠を見せて一回で決着させたいなら少額訴訟が向いています。ただしどちらも扱えるのは金銭の請求までで、「部屋を明け渡してほしい」という請求は別の手続き(建物明渡請求)になります。ここを取り違えないことが、最初のいちばん大事な分かれ道です。
一度に全部を理解しようとしなくて大丈夫です。次の順番で、ひとつずつ整理していきます。
- まず「お金の回収」か「明渡し」か、目的をはっきりさせる
- 支払督促と少額訴訟、それぞれの向き不向きを知る
- 費用と手間、相手が争ったときの流れを比べる
- 自分でやるか、専門家に頼むかの目安を持つ
何が起きているか
滞納対応で行き詰まりやすいのは、「督促の次」に何をすればいいのかが見えにくいからです。任意の督促(電話・書面でお願いする段階)には限界があります。相手が応じなければ、こちらから強制的に回収する力はありません。その力(強制執行)を使うには、「この人にはこれだけ払う義務がある」と公的に認めてもらった書類、いわゆる債務名義が必要になります。
支払督促も少額訴訟も、ゴールはこの債務名義を手に入れることです。どちらも簡易裁判所を使う、比較的取り組みやすい手続きとして用意されています。違うのは、たどり着き方です。支払督促は書類審査だけで進む郵送中心の手続き、少額訴訟は原則1回の期日で審理して判決を得る、法廷での手続き。この性格の違いが、そのまま向き不向きになります。
ここで一番押さえておきたいのは、冒頭でも触れた「目的」の切り分けです。滞納が続くと、頭の中で「お金を払ってほしい」と「もう出ていってほしい」が混ざりがちです。けれど、支払督促と少額訴訟が扱えるのはお金の請求だけ。部屋を空けてもらう明渡しは、この二つでは実現できません。明渡しまで見据えるなら、通常の建物明渡請求訴訟が必要で、進め方も費用感も変わってきます。まずは「今回のゴールは回収か、明渡しか」を、自分の中ではっきりさせておきましょう。
具体例:支払督促と少額訴訟を並べて比べる

支払督促は、簡易裁判所の書記官に申し立て、相手方へ「支払え」という督促を出してもらう手続きです。特徴を並べると、
- 書類審査だけで進み、原則こちらが裁判所へ出向く必要がない
- 手続きが比較的早く、手数料も通常訴訟より抑えめ
- 請求できる金額に上限がない
- 申立ては、原則として相手方の住所地を管轄する簡易裁判所へ行う
向いているのは、相手が滞納の事実自体は争わなそうで、とにかく早く債務名義がほしいケースです。ただし弱点もあります。相手が期限内に「督促異議」を出すと、手続きは自動的に通常訴訟へ移行します。しかもその訴訟は相手方の住所地の裁判所で行われるため、遠方だと負担が増えることがあります。
少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払いを求めるとき使える、簡易な訴訟です。特徴は、
- 原則1回の期日で審理し、その日に判決が出るのが基本
- 証拠(契約書・入金記録・督促の履歴など)をその場で示して主張できる
- 同じ簡易裁判所で使える回数は年10回までという制限がある
- 相手が「通常訴訟でやりたい」と求めれば、通常訴訟へ移行する
向いているのは、金額が60万円以下で、事情を直接見てもらって一回で決着をつけたいケースです。相手が出てきて分割の話し合いになることもあり、その場で和解に至る場合もあります。
どちらも、判決や仮執行宣言などを経て債務名義になれば、次の強制執行(給与や預金の差押えなど)につなげられます。逆に言えば、債務名義を取っても、相手に差し押さえられる財産や収入がなければ、実際の回収は難しいという現実もあります。ここは手続きを選ぶ前に、頭の片隅に置いておきたいところです。
影響:選び方を間違えると、遠回りになる
手段の選択は、その後の手間と時間に効いてきます。たとえば、相手が滞納を認めず「設備の不具合があった」などと反論してきそうなケースで支払督促を選ぶと、異議が出て通常訴訟に移り、結局やり直しに近い形になります。この場合は、最初から証拠を示せる少額訴訟や通常訴訟のほうが、遠回りになりにくいことがあります。
反対に、相手と連絡は取れないけれど滞納自体に争いの余地がなく、金額も大きい——そんなケースなら、法廷に出向く少額訴訟より、書類で進む支払督促のほうが負担が軽いこともあります。「どちらが優れているか」ではなく、「今回の相手と状況に、どちらが合うか」で選ぶのが基本です。
そしてくり返しになりますが、目的が明渡しなら、この二つでは足りません。お金の回収と部屋の明渡しの両方が必要なときは、建物明渡請求訴訟の中で未払賃料もあわせて請求するのが一般的です。滞納が長期化して「出ていってほしい」まで視野に入っているなら、早めに弁護士へ相談したほうが、結果的に近道になることが多いです。
明日やること
今日いきなり申立てをする必要はありません。まずは、選ぶための材料を手元にそろえるところから始めましょう。次のうちひとつだけでも進めれば十分です。
- 今回のゴールを一行で書く:「未払家賃◯万円の回収」なのか、「回収+明渡し」なのかをはっきりさせる
- 滞納額を集計する:いつからいくら滞納しているか、遅延損害金の定めがあるかを一覧にする
- 手元の証拠を集める:賃貸借契約書、入金履歴、これまでの督促の記録(日付・手段・内容)を一か所にまとめる
- 相手の状況を整理する:連絡は取れるか、滞納を認めているか、住所地はどこか、勤務先や口座など回収の当てがあるか
この4つがそろうと、「支払督促向きか、少額訴訟向きか、それとも明渡しまで見据えて専門家か」の判断が、ぐっとしやすくなります。
チェックリスト:手続きを選ぶ前に
- 今回の目的は「お金の回収」か「明渡し」か、はっきりさせたか
- 請求額は60万円以下か、それを超えるかを確認したか(少額訴訟は60万円以下)
- 相手は滞納の事実を争ってきそうか、認めていそうかを見立てたか
- 賃貸借契約書・入金履歴・督促の記録など、証拠を集めたか
- 相手の住所地や、差押えの対象になりそうな収入・財産を把握しているか
- 明渡しも必要なら、建物明渡請求(+弁護士相談)の線で考えているか
- 自分で進めるか、専門家に依頼するかの目安を持ったか
自分でやるか専門家に頼むかの目安は、金額と複雑さです。滞納額が小さく、相手も争わなそうで、明渡しを含まないなら、支払督促や少額訴訟を自分で申し立てる選択も現実的です。裁判所の窓口や書式の案内も利用できます。一方、金額が大きい、相手が争ってきそう、明渡しまで必要、連帯保証人や保証会社との関係が絡む——こうした要素が重なるほど、早めに弁護士へ相談したほうが、時間も気持ちも消耗しにくくなります。
なお、少額訴訟と支払督促の要件(金額の上限、回数制限、管轄、必要書類など)や、遅延損害金・費用の扱いは、個別の事情や制度改定で変わることがあります。実際に申し立てる際は、管轄の簡易裁判所の案内や、裁判所・法テラスなどの公式情報を確認し、判断に迷うときは弁護士や自治体の相談窓口に相談したうえで進めてください。ひとりで白黒つけようとしないことが、結果的にあなたを守ります。
よければ、こちらも
法的手続きの前段にあたる督促の進め方は家賃滞納・督促の基本と落とし穴、初動でこじらせないためにに、後から経緯を示すための記録の残し方は督促の連絡履歴を残す、日付・手段・内容の記録フォーマットにまとめています。あわせて読むと、「督促から次の一手」までの流れに軸ができます。

最後に
滞納が長引くと、「どうすればいいのか分からない」という不安そのものが、いちばん重たくのしかかります。でも、支払督促と少額訴訟の違いを知り、今回のゴールが回収なのか明渡しなのかを切り分けられただけで、あなたはもう手探りの段階を一歩抜け出しています。
どの手段を選ぶにしても、慌てて一日で決める必要はありません。今日は滞納額と証拠を一か所にまとめる。それだけで十分です。材料がそろえば、次の判断は驚くほど落ち着いて下せます。ひとりで抱え込まず、必要なときは専門家の手も借りながら、一歩ずつ進めていきましょう。