階下の部屋で天井の水じみを見上げながら、被害の状況をメモに書き留めている賃貸管理担当者

漏水で階下に被害が出たら、原因調査と保険・賠償を進める順番

水はもう止まりました。上の階の入居者にも連絡がつきました。 けれど、階下の部屋に入ってみると、天井のクロスが茶色くふくらんで垂れ下がり、ベッドの布団が濡れ、床に置いてあった段ボールがふやけている。住んでいる方は「これ、どうしてくれるんですか」と、当然のことを聞いてきます。

一次対応が終わったところが、実はいちばん長い区間の入口なんですよね。ここから先は、原因を調べる人、直す人、お金を出す人がそれぞれ別にいて、しかもその全員がまだ「自分の番」だと思っていません。その真ん中に立って、電話を受け続けるのが管理担当者です。

この場面がしんどいのは、判断が難しいからというより、答えが出るまでに時間がかかる話を、答えを待てない人に説明し続けなければならないからだと思います。だからこの記事では、いつまでに何が分かるのかを先に並べます。そこさえ持っていれば、途中の電話は「まだ分かりません」ではなく「今ここまで進んでいます」で返せるようになります。

結論:階下に被害が出たら、①被害の記録を先に取る(写真・被害品リスト・日時。修理や片づけで消えてしまう前に) → ②原因を「使い方」「設備」「原因不明」のどれかに切り分ける(分からないうちは調査を優先し、責任の話をしない) → ③動かせる保険をすべて洗い出して、それぞれの保険会社に事故受付だけ先に入れてもらう(上階入居者の個人賠償責任保険/オーナーの建物の火災保険・施設賠償/階下入居者ご自身の家財保険) → ④建物(原状回復)と家財(被害品)を分けて見積を取る → ⑤賠償の可否と金額は保険会社とオーナーの判断として扱い、管理担当者は事実と記録を渡す役に徹する、の順で進めます。いちばん避けたいのは、原因がはっきりしないうちに「上の階の方の責任ですね」と口にしてしまうことです。あとで設備の劣化だと分かったとき、上階の入居者との関係まで壊れてしまいます。

一度に全部を背負わなくて大丈夫です。今日は次の順で進めます。

  1. 被害の記録を取る(消えてしまう前に)
  2. 原因を切り分ける(分からないなら「調査中」でいい)
  3. 保険の受付だけ先に入れてもらう
  4. 建物と家財に分けて見積を取る
  5. 賠償の判断は、判断できる人に渡す

何が起きているか

漏水のあと話がこじれるのは、「直す」と「払う」が別の話なのに、被害を受けた側からは一つに見えるからです。

階下の入居者にとっては、目の前に濡れた天井と濡れた布団があるだけです。天井は建物、布団は自分の持ち物——そんな区別は、被害に遭った側からすればどうでもいい話ですよね。でも実務では、この二つはまったく別のルートで動きます。

天井や壁、床といった建物の部分は、貸主(オーナー)の所有物です。ここを直すのはオーナーの負担で、費用は建物にかけている火災保険(水濡れ補償)や、原因を作った側への賠償請求で回収していく形になります。入居者が自分で業者を呼ぶ話ではありません。

布団や家電、衣類といった家財は、入居者ご自身の持ち物です。これは、原因を作った人の賠償責任か、入居者自身がかけている家財保険で埋めることになります。

そしてもうひとつ、この場面には時間の差があります。天井を直すのは業者の日程さえ取れれば数日から数週間。でも「誰が払うのか」は、原因調査と保険会社の査定が終わるまで決まりません。数週間から、こじれれば数か月かかることもあります。

被害を受けた方から見れば、「早く直してほしい」と「弁償してほしい」は同じ一つの要求です。でも前者はすぐ動かせて、後者は時間がかかる。動かせるほうを先に動かす、これがこの場面の基本になります。天井の修理と部屋の乾燥はすぐ手配して、賠償の話は「調査と保険の確認を進めています」と経過を伝えながら並走させる。この二本立てにできると、待たせている間の空気がずいぶん変わります。

責任がどう分かれるか

原因によって、責任を負う人が変わります。ここは正確に押さえておきたいところです。

上階の入居者の使い方が原因のとき(洗濯機の給水ホースが外れていた、浴槽の水を止め忘れた、排水口の詰まりを知りながら放置していた、など)は、その入居者に賠償責任が生じます。「わざとじゃないから」は理由になりません。火災については失火責任法(失火ノ責任ニ関スル法律)があって、重大な過失がなければ賠償を負わないという特別なルールがありますが、漏水は火災ではないので、この法律は適用されません。うっかりでも責任は残ります。ここは誤解されやすいので、上階の方に説明するときは丁寧に伝えたい部分です。

建物の設備が原因のとき(給排水管の劣化による亀裂、共用の縦管の詰まり、屋上防水の劣化など)は、建物側の責任になります。民法717条には、土地の工作物の設置や保存に瑕疵(かし=あるべき安全性を欠いている状態)があって他人に損害が生じた場合の責任が定められていて、この責任はまず占有者、最終的には所有者が負う形になっています。所有者の責任は、注意していたかどうかにかかわらず負うものとされています。加えて、貸主には部屋を使える状態に保つ義務(民法606条の修繕義務)もあります。

専有部の設備か、共用部の設備かでも分かれます。同じ「配管の劣化」でも、その部屋の中だけで完結している枝管なのか、建物全体を貫いている縦管なのかで、費用の出どころが変わることがあります(分譲マンションの一室を管理している場合は、管理規約の定めがさらに関わってきます)。

原因が特定できないときもあります。というより、現場では最初これがいちばん多いです。上階の入居者は「うちは何もしていない」と言い、階下では確かに水が落ちてきている。この段階で誰かの責任にするのではなく、調査に進むのが正しい動きです。

手順を小さく分けて

漏水の原因を「使い方」「設備」「原因不明」の3つに切り分けて並べた図
原因は「使い方」「設備」「原因不明」の3つに分けて考える。どこに当たるかで、動かす保険が変わる。

急いでいるときほど、順番を決めておくと落ち着いて進められます。

1. 被害の記録を、いちばん先に取る

これが後の全部を左右します。記録は、時間が経つほど取れなくなります。天井は乾いてしみが薄くなり、濡れた布団は捨てられ、家電は片づけられます。そのあとで保険会社から「被害の状況が分かる写真をください」と言われても、もうありません。

現場に入ったら、修理の相談より先に、次を残します。

このとき、入居者へは理由をそえて頼みます。「保険や修理の手配を進めるのに、状況が分かる記録が必要になります。お手数ですが、濡れてしまったお品物は、処分される前に写真を撮っておいていただけますか」。理由が伝われば、たいてい協力していただけます。

なお、濡れた家財は勝手に処分しないよう伝えておくのも大切です。査定の前に捨ててしまうと、被害を証明するものがなくなります。衛生上どうしても置いておけないものは、写真をしっかり撮ってから処分する、と決めておきましょう。

2. 原因を切り分ける(分からないなら「調査中」でいい)

上の図の3つのどれに当たるかを確かめます。上階の室内を確認させてもらい、水まわりの使用状況と設備の状態を見ます。目視で分からなければ、漏水調査の業者に入ってもらいます。散水試験や、床下・壁内の確認で原因を絞り込む調査です。費用はかかりますが、原因が分からないまま賠償の話をするほうが、結果的に高くつきます

ここでいちばん気をつけたいのが、言い切らないことです。

現場では、階下の方から「上の人でしょ?」と何度も聞かれます。上階の方からは「うちじゃないですよ」と言われます。どちらにも「そうですね」と言いたくなりますが、調査結果が出るまでは、両方に同じ言い方をします。

「今、原因を調べているところです。専門の業者に見てもらって、○日ごろには結果が出る見込みです。分かり次第、すぐにご連絡します。それとは別に、天井の修理と乾燥の手配は先に進めますので、そちらは○日に業者が伺います」

「分かりません」と「進んでいます」はセットで伝える。これだけで、待っていただける空気がずいぶん変わります。

3. 保険の受付だけ、先に入れてもらう

原因が確定していなくても、事故の受付は先にできます。むしろ早いほうがいいです。保険会社は受付の時点で必要書類を教えてくれますし、立会いが必要な場合の日程も早く取れます。

関係しうる保険は、次のとおりです。契約内容によって付いていたり付いていなかったりするので、それぞれ証券で確認してもらいます。

三つめ以降を先に動かしておくと、賠償の話が長引いても、被害を受けた方の生活が先に戻ります。階下の方には、こう案内します。

「原因の調査は進めていますが、結果が出るまで少しお時間をいただきます。お手元の火災保険にも家財の水濡れ補償が付いていることが多いので、保険会社さんにも一度ご連絡いただけますか。そちらのほうが早くお手続きが進むことがあります。証券が見当たらなければ、ご契約先だけでもお調べします」

「自分の保険を使ってください」だけだと突き放して聞こえるので、なぜそのほうが早いのかを必ず添えます。

4. 建物と家財を分けて、見積を取る

修理の見積は、建物(天井・壁・床の張替え、乾燥、消毒)と家財(濡れた家具・家電・寝具・衣類)を必ず分けます。出どころが違うので、混ざっていると保険会社でも査定できず、差し戻しになります。

家財の金額でよく迷うのが、新しく買い直す値段(再調達価額・新価)で見るのか、使った年数分を差し引いた値段(時価)で見るのかという点です。ここは契約している保険の内容で決まっていて、最近の家財保険は再調達価額で契約されているものが多いのですが、そうでない契約もあります。管理担当者が「何年経っているから半額ですね」と自分で線を引かないこと。これは保険会社と、賠償するなら賠償する側が決める話です。聞かれたら、「そのあたりは保険会社さんの査定になりますので、ご購入時期と金額が分かるものをそろえておいていただけますか」と返します。

修理そのものは、原因の確定を待たずに進めて構いません(むしろ、放っておくとカビが出て被害が広がります)。費用を最後に誰が負担するかと、いま誰が手配して立て替えるかは別の話です。オーナーには、この点を先に説明して了解をもらっておくと、あとで「なぜ勝手に発注したのか」という行き違いが起きません。

5. 賠償の判断は、判断できる人に渡す

管理担当者は、原則として賠償の当事者ではありません。あなたの仕事は、事実と記録を集めて、判断できる人に渡すことです。

ここで踏みとどまりたい一言があります。

代わりに使えるのが、この形です。

「ご心配ですよね。私のほうで判断できる話ではないので、いま集めている記録と業者の所見をそろえて、オーナーと保険会社に確認します。○日までにいったん状況をご連絡します」

期日を切って、その日には必ず何か伝える。中身が進んでいなくても、進んでいないことを伝える。これができていれば、たいていの方は待ってくださいます。

あわせて出てくる「その間の家賃」の話

被害が大きく、階下の部屋の一部が使えない状態が続くと、「その間の家賃はどうなるのか」と聞かれることがあります。

民法611条1項では、賃借物の一部が滅失その他の事由により使用収益できなくなった場合で、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるときは、賃料はその割合に応じて減額されるとされています。改正前のように「請求できる」ではなく、当然に減額されるという書き方になっている点が、実務では大きな違いです。

ただ、「どれくらい減るのか」は条文には書かれていません。業界団体が目安を示した資料はありますが、あくまで参考であって、決まった率があるわけではありません。使えない部分の広さと、使えなかった日数を記録しておくこと、そして減額の可否と金額はオーナーの判断(必要なら専門家に相談)として扱うこと。ここでも、担当者が単独で数字を出さないのが安全です。

代わりの部屋やホテルの費用を求められることもあります。これも同じで、その場で「出ます」「出ません」と言わず、記録して持ち帰ります。

影響:記録がそろっていると、後の全部が短くなる

この場面で残す記録は、あとから効いてきます。

保険会社とのやり取りが早く終わります。 写真と被害品リストと業者の所見がそろっていれば、査定は数週間で動き出します。逆に、写真がない・被害品が処分済み・原因不明のまま——だと、そこから集め直しになり、その間ずっと入居者の問い合わせを受け続けることになります。

オーナーへの説明が短くなります。 「原因はこれ、建物側の修理費はこれ、家財はこの保険で対応中、賠償の相手方はこう」と一枚で示せると、判断も早く返ってきます。

上階の入居者との関係が壊れずに済みます。 調査前に責任を口にしなかったことが、ここで効きます。実際に上階の使い方が原因だったとしても、「調べた結果こうでした」と事実で伝えられれば、感情的な対立になりにくいものです。逆に、最初に決めつけてしまうと、原因が同じでも「最初から犯人扱いされた」という記憶だけが残ります。

同じ建物の次の一件に備えられます。 給排水管の劣化が原因だった場合、同じ建物の他の部屋でも起きる可能性があります。調査結果はオーナーと共有して、修繕計画の話につなげておくと、次の連絡が来る前に手を打てます。

明日やること

今日いきなり全部を整える必要はありません。次のどれかひとつだけ、手元で用意してみましょう。

このうちひとつあるだけで、次の一件で使う時間がだいぶ減ります。

チェックリスト

記録 → 切り分け → 保険 → 見積 → 共有、の順にそろえていきます。

現地に入ったら(記録)

原因を切り分ける

保険を動かす

見積・修理

共有する

大切なのは、判断より先に記録という順番です。原因も、責任も、金額も、あとから調べれば分かります。でも、あの日の天井の写真と、濡れた布団の写真だけは、あとから取り戻せません。そして、話し合いが平行線になったときや、金額が大きくなったとき、被害が人の健康にまで及んでいるようなときは、抱え込まずにオーナー・社内、必要に応じて弁護士など専門家に相談する流れにしておきましょう。それが入居者にとっても、あなた自身にとっても、いちばん安全な進め方です。

よければ、こちらも

水が落ちてきた直後の動き方は上階からの水漏れで連絡が来たら、慌てず動く一次対応の順番にまとめています。台風のあとに連絡が重なったときの優先順位は台風のあと雨漏りの連絡が重なったら、優先順位をつけて動く一次対応、詰まりが原因のときの進め方は排水の詰まり・逆流の連絡、専有か共用かを切り分けて手配する順番が参考になります。どこまで急ぐかの判断はエアコン・給湯器が壊れたと連絡が来たら、緊急度を見極めて手配する順番、やり取りの記録の残し方はクレーム対応履歴の残し方、後で活きる記録テンプレの作り方に。板挟みになったときの立ち位置は入居者同士のトラブルで「どっちの味方?」と迫られたらにまとめました。

修理を終えてきれいになった天井を見上げ、書類を手に穏やかな表情でひと息ついている賃貸管理担当者
記録をひとつずつ残した対応は、時間がかかっても、必ず着地する。

最後に

漏水の対応は、電話の本数が多くて、進みが遅くて、しかも誰からも感謝されにくい仕事です。階下の方は困っていて、上階の方は疑われていると感じていて、オーナーは費用が心配で、業者は日程が埋まっている。その全員から連絡が来る場所に、あなたが立っています。

それでも、あなたが現地で撮った写真の1枚、記録した時刻の1行が、二か月後に「誰がどこまで負担するのか」を静かに決めていきます。あの日、濡れた床にしゃがんで写真を撮っておいたから、話が着地する。それは、その場では誰にも見えない仕事です。

一度に全部をきれいに解決しなくて大丈夫です。今日は、被害記録シートの欄を紙に書き出してみる。それだけでも、次に「天井から水が」という電話を受けたとき、あなたは少し落ち着いて、最初の一歩を踏み出せます。

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