足場とシートで覆われた集合住宅を見上げ、工程表を手に持って立っている賃貸管理担当者

大規模修繕の騒音クレーム、工事前に減らす案内と当日の受け方

足場が立った翌朝、9時をまわったころ。最初の1本が鳴ります。

「今日、何時まで音するんですか」。

答えたいのに、手元にあるのは施工会社から送られてきたA3の工程表だけ。工種の名前が並んでいるけれど、それが「どのくらいうるさいのか」は書いていない。工事を止める権限も、日程を動かす権限も、こちらにはない。それでも電話は管理会社に来る——大規模修繕の期間中、多くの管理担当者がこの位置に立たされます。

これは、あなたの説明が下手だからではありません。苦情の出口だけが管理会社になっているという、構造の問題です。だから、構造のほうを少しだけ動かします。

結論:大規模修繕のクレームは、当日の対応力ではなく着工前の案内でほとんど決まります。案内に入れるのは、①いつ(期間・作業時間・作業のない日)、②どんな音がいつ頃出るか、③入居者にお願いすること、④困ったときの連絡先の4つ。そのうえで苦情の窓口を管理会社に一本化します。当日は「静かにさせます」と約束せず、いつまで続くかを答える。これだけで、電話の中身が「うるさい」から「いつまで?」に変わります。

一度に全部を整えなくて大丈夫です。まずは何が起きているのかから、順番に見ていきましょう。

何が起きているか

大規模修繕は、入居者にとっては「工事」ではなく生活の変化です。

窓の外に足場が組まれ、養生シートで覆われる。日中は部屋が薄暗くなる。洗濯物が干せない。作業員が窓のすぐ外を通るので、カーテンを開けられない。在宅で仕事をしている方は、オンライン会議のたびに音を気にすることになります。

そして、音は一定ではありません。工種によって、種類も大きさもまったく違います。

つらいのは、いちばん大きい音が出る期間が、工期全体からするとごく一部だということです。何か月も続くわけではないのに、いつ終わるのかを知らされていないと、入居者には「ずっと続く音」に感じられます。ここが、案内で埋められる隙間です。

もうひとつ。苦情の行き先が割れます。現場の作業員に直接言う人、オーナーに電話する人、管理会社にかける人。同じ内容が3か所に届いて、それぞれが違う答えを返すと、「言った・聞いていない」が生まれます。クレーム・近隣トラブル対応の基本でも同じことが言えますが、窓口が割れているときの苦情は、内容ではなく不信で大きくなります。

苦情の窓口は、管理会社に一本化する

自室で電話をかける入居者、デスクで電話を受ける管理担当者、ヘルメット姿で工程表を見る現場担当者の三つの場面を左から順に並べた図
入居者からの連絡はいったん管理会社で受け、そこから施工会社へ渡す。三者がばらばらに話さない。

順番としては、案内文を作るより先にここを決めます。入居者からの連絡先は管理会社に一本化し、そのうえで施工会社と共有するという形です。

現場に直接言ってもらう形にすると、作業員は工程を動かせないので「すみません」としか返せません。入居者は「言っても何も変わらない」と感じ、次はオーナーへ行きます。オーナーは詳細を把握していないので、管理会社に確認が来ます。同じ話が三周します。

窓口を一本にすると、担当者側の負担は一見増えます。でも実際は、記録が1か所にたまり、施工会社への申し入れがまとめてできるぶん、全体では軽くなります。

着工前に、施工会社と次の3つだけ握っておきます。

3つ目が抜けると、案内した内容と実際の作業がずれます。それは入居者からは「うそをつかれた」に見えます。工程変更の連絡ルートだけは、必ず文字で残しておきます。

着工前の案内に入れる4つ

案内は、遅くとも着工の3〜4週間前に1回目を出します。細かい工程が固まっていなくても大丈夫です。1回目は「これから工事があります」を伝えるためのもの。詳細は着工1週間前の2回目で足します。

① いつ(期間・作業時間・作業のない日)

作業時間は、勝手に決めずに施工会社の届出内容と合わせます。一定規模以上の建設作業は、自治体の条例などで作業時間帯の定めがある場合があります(届出は施工会社が行います)。「うちの現場は何時から何時か」を、着工前に文字でもらっておくのが実務的です。

「作業のない日」を書くことには、思っている以上の効果があります。読んだ人が、洗濯や睡眠の予定を立てられるようになるからです。

② どんな音が、いつ頃出るか

ここがいちばん抜けやすく、いちばん効きます。工程表をそのまま貼っても、入居者には音の想像がつきません。工種を「音の説明」に翻訳して書き直します。

【音が大きくなりやすい時期】
・◯月◯日〜◯月◯日ごろ:外壁の高圧洗浄(連続した水音・機械音がします)
・◯月◯日〜◯月◯日ごろ:外壁の下地補修(コンクリートを削る打撃音が出ます。今回の工事でいちばん大きい音になります)
・◯月◯日〜◯月◯日ごろ:塗装(音は小さくなりますが、においが出ます)

「いちばん大きい音になります」と先に書いてしまうことに、抵抗があるかもしれません。でも、先に言っておいた音は苦情になりにくく、言っていなかった音は苦情になります。ここは隠さないほうが、結果的に静かに進みます。

日程はどうしても前後します。だから「◯日ごろ」「天候により前後します」と幅を持たせて書きます。断定して外すより、幅を持たせて当てるほうが信用は残ります(この考え方は断水・停電の一斉連絡と同じです)。

③ 入居者にお願いすること

お願いは、期限とセットで書きます。「片付けてください」だけだと動けません。

バルコニーの片付けは、共用部の私物放置への声かけと違って、期限までに全戸で終わらせる必要があるのが難しいところです。1回の案内で終わると思わず、着工1週間前と前日にもう一度、短い掲示を出しておきます。

④ 困ったときの連絡先

管理会社の担当者名・電話番号・受付時間を書きます。夜間や休日にどうするかも決めておくと、こちらが楽になります(体制の作り方は夜間・休日の緊急連絡にまとめています)。

そして最後に一行。「工事についてお気づきの点は、現場ではなく管理会社までご連絡ください」。この一行が、窓口の一本化を成立させます。

「在宅してください」は、いちばん丁寧に伝える

バルコニー内の作業、玄関ドアの塗装、専有部内に入る工事。この日は在宅をお願いすることになります。

ここは、案内の中でもとくに気をつけたいところです。入居者にとっては、有給休暇を1日使うということだからです。工事はオーナー側の都合で行うものなので、「協力して当然」という書き方にはしません。

伝えるときに入れたいのは、次の4つです。

文例です。

バルコニー内の作業のご在宅のお願い

◯◯マンション ◯◯号室 ◯◯ 様

いつもお世話になっております。大規模修繕工事のうち、バルコニー床の防水作業のため、恐れ入りますが下記の日程でご在宅をお願いできますでしょうか。

・候補日:◯月◯日(◯)または ◯月◯日(◯)
・時間:9時〜12時のあいだの2時間程度(前日に開始時刻をご連絡します)
・作業範囲:バルコニー内のみ(室内には立ち入りません)
・作業前に、バルコニーの私物を室内へ移していただけますと助かります

お仕事等でご調整が難しい場合は、別日のご相談も承ります。お手数をおかけしますが、下記までご連絡いただけますでしょうか。

◯◯管理株式会社 担当:◯◯ TEL:◯◯(平日9時〜18時)

「ご協力ください」ではなく「ご相談も承ります」で終える。これだけで、返信の来かたが変わります。

当日、電話が鳴ったときの受け方

それでも電話は来ます。来る前提で、型を決めておきます。

やらないことから先に。

代わりに、この順番で進めます。

1. 受け止める 「お電話ありがとうございます。音、続いていてご迷惑をおかけしています」。まず、困っている事実を認めます。

2. 事実を答える 「今日は外壁の下地補修で、コンクリートを削る作業をしています。本日の作業は17時までの予定です」。いま何をしているかと今日いつ終わるか。この2つは、工程表を見れば必ず答えられます。

3. いつまで続くかを言う 「この作業は◯日ごろまでの予定で、そのあとは音の小さい工程に移ります」。ここが、いちばん求められている情報です。終わりが見えると、人はかなり耐えられます。

4. できることを1つ出す 「明日は◯号室の側の作業になりますので、今日ほどは響かない見込みです」「作業前に一声かけるよう、現場に伝えます」。小さくていいので、こちらから動く一手を添えます。

5. 記録する 日時・部屋番号・内容・回答を残します。クレーム対応履歴のテンプレの形で、工事期間中だけの一覧を作っておくと、施工会社への申し入れがまとめてできます。同じ住戸から複数回来ている場合は、聞き取りメモの形で少し詳しく残しておくと、あとで判断しやすくなります。

数字で見ておくと、記録の意味がはっきりします。30戸の物件で、1戸あたり2回ずつ問い合わせが来たとすると、30戸 × 2回 = 60件。1件5分の対応でも、60件 × 5分 = 300分 = 5時間です。これが工事期間中に分散して降ってくる。記録がないと、同じ説明を何度もゼロから組み立てることになります。

要求が強くなってきたときの線引きは、カスタマーハラスメント気質な要求への対応の考え方が使えます。工事期間中は、対応の質を落とさずに、対応の量を仕組みで減らすのが目標です。

配慮が要る住戸を、先に思い出す

案内を全戸に配る前に、名簿を眺めて数分だけ考えます。

全戸に個別対応はできません。でも、「先に一声かけておいた住戸」からは、苦情ではなく相談が来ます。この違いは、工事期間中のあなたの一日を、はっきり変えます。

影響:苦情は消えないが、種類は変えられる

正直に書きます。案内をどれだけ整えても、大規模修繕中の問い合わせはゼロにはなりません。音は実際に出ているからです。

変わるのは、中身です。

案内がないと、「うるさい」「いつまでやるんだ」「聞いていない」が来ます。これは答えを持っていない苦情なので、こちらは謝るしかありません。

案内があると、「今日は何時までですか」「来週の在宅、別の日にできますか」に変わります。これは答えを持っている問い合わせです。答えられる電話は、疲れ方がまったく違います。

もうひとつ。工事をきっかけに退去に至るケースの多くは、音そのものよりも「何も知らされないまま生活が変わった」という感覚から来ます。長期のバルコニー使用制限などで賃料の相談を受けることもありますが、その場で即答せず、経緯を整理してオーナーと相談する流れにしておきます。ここでも効くのは、先に伝えてあったかどうかです。

明日やること

一度に全部やらなくて大丈夫です。次のどれかひとつからで十分です。

印を3か所つけるだけでも、電話への答え方が変わります。

チェックリスト

最低限のところから進めて、余裕が出たら拡張へ移ります。

最低限版(着工前に)

拡張版(できると安心)

全部つかなくても大丈夫です。上の4つが案内に入っていれば、工事期間はずいぶん違います。

よければ、こちらも

騒音の相談を受けたときの最初の動き方は騒音クレームの一次対応に、両者の言い分の残し方は聞き取りメモの作り方にまとめています。一斉連絡の型は断水・停電の周知、角を立てない掲示文の考え方はゴミ出しルールの掲示文例へ。

足場が外れて外壁がきれいになった集合住宅を、住人と一緒に見上げている賃貸管理担当者
終わってしまえば、きれいになった建物が残る。その日まで、案内を切らさない。

最後に

大規模修繕の期間中、管理担当者は工事を止めることも、日程を動かすこともできません。それなのに、電話だけは全部こちらに来ます。しんどいのは当然です。

ただ、権限がないぶん、できることがひとつあります。「知らせておく」ことは、こちらの権限だけで完結するのです。工程を変えなくても、音を小さくしなくても、案内は今日から出せます。そして入居者が本当に困っているのは、音そのものよりも、終わりが見えないことのほうです。

工程表に3か所、印をつけるところからでいいと思います。「ここが山です、◯日ごろまでです」。それが言えるようになった時点で、あなたはもう、板挟みの真ん中ではなく、両側をつなぐ場所に立っています。

足場が外れる日は、必ず来ます。それまでの数か月、電話を受け続けたことは、この建物に住み続けてもらうための仕事です。

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