
「子どもの足音がうるさい」と言われたら、両家庭を守る伝え方
夜の10時すぎ、電話が鳴ります。
「上の子ども、まだ走ってるんです。……子どもだから仕方ないのは、わかってるんですけど」
この「わかってるんですけど」が、いちばんつらい一言です。相手はもう何か月も我慢してきていて、それでも誰かを責めきれなくて、それで管理会社にかけてきている。かといって上の階のご家庭も、たいていはすでに気を遣っています。どちらも悪くない。なのに、間に立つのはこちらです。
この相談が難しいのは、正解が「やめさせること」ではないからです。子どもの足音は、止められません。だから目指す場所を、最初に置き換えます。
結論:子どもの足音・泣き声の相談は、音をゼロにするのではなく両家庭が住み続けられる状態に戻すことを目標にします。そのために、①下階には「対応します」ではなく何をどこまで頼めるかを先に伝える、②ファミリー世帯には「うるさい」を伝えず「時間帯」と「具体策」だけを伝える、③掲示ではなく個別に伝える。この3つです。とくに②で、走り回る音(重量衝撃音)にはマットが効きにくいことを踏まえて頼まないと、「対策したのに何も変わらない」という二次クレームになります。
一度に全部やらなくて大丈夫です。まず、何が起きているのかから見ていきましょう。
何が起きているか
子どもの音は、他の生活音と性質が違う
洗濯機や掃除機の音は、時間帯をずらせば収まります。でも、子どもの足音や泣き声はそうはいきません。
- 予測できない:いつ始まるか読めないので、身構えられない
- 突発的で短い:録音しようとすると、その瞬間には止まっている
- 床を直接叩く音:空気を伝わるのではなく、建物そのものを伝わって降りてくる
とくに3つ目が、この相談を長引かせます。壁の向こうの話し声なら、壁が厚ければ減ります。でも、上の階で子どもが飛び降りた音は、床のコンクリートや梁を震わせて下の部屋に届きます。窓を閉めても、耳栓をしても、身体に響く種類の音です。
下階の方が「もう限界です」と言うとき、それは音の大きさよりも、いつ来るかわからないものに、毎晩備えている疲れであることが多いです。
「マットを敷いてください」だけでは、たいてい変わらない
床に伝わる音は、大きく2種類に分けて考えられています。
- 軽量衝撃音:スプーンを落とす、スリッパで歩く、椅子を引く。コツコツ、カタカタという軽い音
- 重量衝撃音:子どもが走る、飛び跳ねる、ソファから飛び降りる。ドスン、ドンドンという重い音

カーペットやジョイントマットが効きやすいのは、左の軽量衝撃音のほうです。右の重量衝撃音は、床の構造そのものが震えているので、上に敷物を足しても体感が大きく変わらないことがあります。厚手の防音マットで多少やわらぐことはありますが、「敷いたのに苦情が続く」は、実務ではよく起こります。
ここを知らずに「マットを敷いていただくようお願いしました」と下階に報告すると、期待だけが上がって、結果で裏切ることになります。ファミリー世帯のほうも「言われたとおりにしたのに、また苦情が来た」と感じます。両方の信頼を一度に失う、いちばん避けたい形です。
だから、頼むのはマットだけにしません。効きやすいのは、次の組み合わせです。
- 飛び降りる場所を減らす(ソファやベッドの下だけ厚めのマットにする、乗って飛び降りやすい家具の位置を変える)
- 時間帯を決める(「夜◯時以降は走らないお約束をご家庭で作っていただく」)
- 走る動線を短くする(廊下やリビングの直線に物を置いて、助走できないようにする)
物理で消せない音は、回数と時間帯で減らすほうが現実的です。
どちらの家庭も、すでに気にしている
もうひとつ、頭に置いておきたいことがあります。
苦情を言う側は、たいてい罪悪感を持っています。「子どもに文句を言うなんて」と思いながら、それでも眠れなくて電話をしています。だから最初の一言が「すみません、細かいことなんですけど」から始まることが多い。
ファミリー世帯のほうも、すでに気を遣っています。「静かにしなさい」と一日に何度も言い続けて、疲れています。そこに管理会社から「うるさいと苦情が来ています」という紙が届くと、注意ではなく、否定として届きます。
どちらも頑張っている。その前提を落とさずに間に立つのが、この件のいちばん難しいところです。
具体例:伝わらない伝え方と、伝わる伝え方
下階の方への一次回答
伝わりにくい例
「上の階に注意しておきますので、少しお待ちください」
一見、親切です。でもこれは結果を約束してしまっている言い方です。音は止まらないので、次の電話は「注意したのに変わらないじゃないですか」になります。
伝わりやすい例
「夜のお時間に、続けてお困りとのこと、お電話ありがとうございます。子どもさんの足音は、こちらでゼロにするお約束まではできないのですが、上の階のご家庭に、時間帯と、飛び降りやすい場所の対策をお願いすることはできます。まずそこまで進めさせてください。
あわせて、どのくらいの時間帯にどのくらい続くかを、1週間だけメモしていただけますか。日にちと、だいたいの時刻、続いた長さで十分です。それがあると、ご家庭にお願いするときに具体的にお伝えできます」
できないことを先に、できることをそのあとに置きます。順番を逆にすると、言い訳に聞こえます。
記録をお願いするのは、証拠集めのためではありません。「◯時ごろが多いようです」と言えると、頼む側の言葉が具体になるからです。記録の残し方は騒音クレームの聞き取りメモにまとめています。
ファミリー世帯への伝え方
伝わりにくい例
「下の階の方から、お子様の足音がうるさいとの苦情が入っております。ご配慮をお願いいたします」
「うるさい」と「苦情」と「ご配慮」。この3語だけで、受け取った側は身構えます。しかも何をすればいいのかが書かれていないので、動きようがありません。
伝わりやすい例(訪問・電話で伝えるときの言い方)
「お忙しいところ失礼します。実は、下の階の方から夜8時から10時ごろの物音についてご相談をいただいていまして。お子さん、元気に育っていらっしゃいますよね。集合住宅の床は、走ったり飛び降りたりする音がどうしても下に伝わりやすい造りになっていまして、ご家庭で気をつけていらっしゃっても届いてしまうんです。
それでお願いなのですが、ソファやベッドから飛び降りる場所だけ、厚めのマットを置いていただくことと、夜8時以降は走らないお約束をご家庭で作っていただくこと。この2つだけ、ご相談させていただけないでしょうか」
含めたのは、次の4つです。
- 時間帯を具体で言う(「うるさい」ではなく「夜8時から10時ごろ」)
- 家庭ではなく建物の問題として説明する(「床の造りが」)
- お願いを2つまでに絞る(3つ以上は実行されにくい)
- お願いの形にする(「してください」ではなく「ご相談させていただけないでしょうか」)
「元気に育っていらっしゃいますよね」の一言は、飾りではありません。責めに来たのではないことを、最初に示すためのものです。
掲示で済ませない
全戸掲示は、この件では使わないほうが無難です。
「お子様の足音にご配慮ください」という貼り紙を出すと、心当たりのないご家庭まで不安になります。逆に、心当たりのあるご家庭は「うちのことだ」と気づいたうえで、名指しされなかったことに安心して、動かないことがあります。そして下階の方は「掲示だけで終わらされた」と感じます。
三方に効かない。掲示が効くのはゴミ出しや共用部のように、全員に等しく当てはまるルールのときです(考え方はゴミ出しルールの掲示文例に整理しています)。
この件は、手間でも個別に伝えます。
どこまでが「受忍限度」なのか、という質問への答え方
必ず聞かれます。「これって、法的にどうなんですか」と。
一般に、生活音のトラブルは受忍限度——社会生活を送るうえでお互いに我慢すべき範囲を超えているかどうか——という考え方で判断されるとされています。裁判例では、音の大きさだけでなく、時間帯・頻度・続く長さ・建物の構造・周辺の状況などを総合的に見ているとされます。
つまり、「何デシベル以上なら違反」という単純な線はありません。そして、子どもの生活音は、受忍限度の範囲内と判断されることも少なくありません。
これを聞くと、下階の方は落胆します。だから、伝え方を変えます。
「はっきりした基準線があるわけではなくて、時間帯や頻度なども含めて総合的に見られるもののようです。ですので、線を引くことより、実際に減らすほうを先にやらせてください。減らなかったときのために、記録だけは残しておきましょう」
管理会社は、法的な判断をする立場にはありません。裁判例に踏み込んだ判断が必要になりそうなときは、オーナーと相談のうえ、弁護士へつなぐのが本来の流れです(そこまで進む前の段階の踏み方は迷惑行為の警告書までの手順を参考にしてください)。
「どっちの味方なんですか」と迫られたときの立ち位置は、入居者同士のトラブルで中立を保つ考え方にまとめています。
影響:対応を誤ると、両方の家庭を失う
この相談を放っておくと、いくつかの分かれ道があります。
下階の方が退去する。 我慢の限界が来て、更新のタイミングで出ていかれます。しかも「管理会社が何もしてくれなかった」という理由でです。
ファミリー世帯が退去する。 苦情の伝え方が厳しすぎると、「ここでは子育てできない」と判断されます。ファミリー世帯は入居期間が長くなりやすい層なので、オーナーにとっての損失は小さくありません。
当事者同士が直接ぶつかる。 これがいちばん避けたい形です。管理会社が動かないと、下階の方は自分で上の階のインターホンを押しに行きます。夜、感情が高ぶった状態での直接対話は、ほぼ収まりません。ここまで来ると、修復にかかる手間は最初の何倍にもなります。
逆に、間に入って音の性質を説明できたときの効果は、思っているより大きいです。
下階の方は「自分がおかしいわけじゃなかった」と思えます。ファミリー世帯は「責められたのではなく、相談されたんだ」と受け取れます。それだけで、両方が我慢の量を少し増やせる。この件で管理会社にできるのは、結局のところそこです。
対応にかかる時間も見ておきます。1回の電話が20分、訪問が30分、記録と報告に10分。1件あたり約1時間です。これが3往復すれば3時間。最初の1回を丁寧にやったほうが、結果として短く済みます。
明日やること
一度に全部やらなくて大丈夫です。次のどれかひとつからで十分です。
- 物件の構造と築年を確認する(木造・軽量鉄骨・RCで、伝わり方がかなり変わります)
- 下階の方に1週間だけの記録をお願いする(日付・だいたいの時刻・続いた長さの3項目だけ)
- ファミリー世帯へのお願いを、2つだけ紙に書き出す
- 「注意します」と言わない、と自分の中で決める(代わりに「お願いします」に置き換える)
- 対応の経過をクレーム対応履歴のテンプレの形で1行残しておく
構造を確認するだけでも、次の電話での答え方が変わります。木造や軽量鉄骨で、もともと重量衝撃音が伝わりやすい建物なら、「建物の造りとして伝わりやすい」と正直に伝えられるからです。
チェックリスト
最低限のところから進めて、余裕が出たら拡張へ移ります。
最低限版(最初の1週間で)
- 下階の方の話を、遮らずに最後まで聞いた
- 「注意します」「静かにさせます」と約束していない
- できないこと(音をゼロにする)を先に、できることを後に伝えた
- 記録(日付・時刻・続いた長さ)を1週間お願いした
- 物件の構造と築年を確認した
- ファミリー世帯へは、掲示ではなく個別に伝えることにした
- 伝える内容に「うるさい」という言葉を入れていない
- お願いは2つまでに絞った
- お願いに時間帯を具体的に入れた(「夜◯時以降」)
- 対応の経過を記録に残した
拡張版(できると安心)
- 重量衝撃音にはマットが効きにくいことを、下階の方にも説明した
- 飛び降りやすい家具の場所を、ファミリー世帯と一緒に確認した
- 2週間後に、下階の方へこちらから状況を確認する連絡を入れた
- ファミリー世帯へも、その後の様子を一度ねぎらいの連絡を入れた
- 経過をオーナーへ共有した(退去リスクとあわせて)
- 同じ住戸から繰り返し来ている場合、聞き取りメモの形で詳しく残した
- 建物側でできる対策(共用廊下の緩衝材など)がないか、一度検討した
- 空室の募集時に、上下階の世帯構成を意識する運用にした
全部つかなくて大丈夫です。上の「注意しますと言わない」と「お願いは2つまで」の2つが守れていれば、こじれ方はずいぶん変わります。
よければ、こちらも
最初の1本目の電話の受け方は騒音クレームの一次対応に、両者の言い分の残し方は聞き取りメモの作り方にまとめています。段階を踏んで警告に進む場合は迷惑行為の警告書までの手順、板挟みになったときの立ち位置は入居者同士のトラブルで中立を保つへ。

最後に
この相談に、きれいな解決はほとんどありません。上の階の子どもは走りますし、下の階の方は夜に音を聞きます。それは、こちらが何をしても変わらない部分です。
それでも、変えられるところがあります。下階の方が「誰にも取り合ってもらえない」と感じるかどうか、そしてファミリー世帯が「責められた」と感じるかどうか。この2つは、伝え方だけで決まります。そして伝え方は、権限がなくても今日から変えられます。
夜10時の電話に出て、「わかってるんですけど」の続きを最後まで聞いた。それだけで、その方はもう「取り合ってもらえなかった人」ではなくなっています。
音は消せなくても、孤立は減らせます。この件でこちらができる仕事は、たぶんそこにいちばん近いところにあります。