退去後の空室で、壁の傷をスマートフォンで記録する賃貸管理担当者

故意・過失の原状回復、写真と記録で負担の根拠を残す進め方

退去立会いのあと、精算書を送ってから数日。入居者さんから電話が入ります。 「壁の穴、入ったときからあった気がするんです。本当に私の負担なんですか?」

手元にあるのは、立会いの日に撮った写真が何枚か。でも、どれがどの壁なのか、入居時の写真と並べられるのか、すぐには答えられない——。故意・過失による負担は、請求する側が「なぜそう言えるのか」を説明できるかどうかで、話の進み方が大きく変わるところです。ここは現場でも迷いやすいところなので、今日は写真と記録で負担の根拠を残す進め方を、一緒に整理していきましょう。

結論:故意・過失による負担を説明するときは、①入居時との違い(いつからあったか)→ ②原因(なぜそうなったか)→ ③範囲(どこまで直すか)の3つを、写真とメモで残します。写真は1か所につき「引き・寄り・ものさし」の3枚。それを精算書の明細と写真番号でつなげておけば、問い合わせがあっても同じ資料を見ながら話せます。

まずは次の3つが手元にあれば、記録はぐっと楽になります。

  1. 入居時の室内写真か、入退去時の物件状況確認リスト
  2. スマートフォンと、メジャーなど大きさの目安になるもの
  3. 立会いで入居者さんから聞いたひと言を書き留めるメモ

何が起きているか:「汚れている」だけでは根拠にならない

国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」では、原状回復を「入居者の故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用を超えるような使用による損耗などを復旧すること」と整理しています。日焼けや家具の設置跡のような、普通に暮らしていて生じる傷み(通常損耗・経年変化)は、家賃に含まれるものとして貸主側の負担です。

つまり、退去時に傷や汚れがあっても、それだけでは入居者さんの負担にはなりません。説明に必要なのは、次の3つです。

立会いの場では、担当者の目にはどれも明らかに見えます。でも、精算書を受け取った入居者さんの手元にあるのは金額だけです。「釘の穴で、下地のボードまで直すので〇円」と言えるだけの材料を、その場で残しておくことが、後からの説明を支えてくれます。

具体例:同じ「壁の穴」でも、扱いが分かれる

ガイドラインの例示で見ると、似て見える傷でも扱いが分かれます。

「穴の大きさ」「黒ずみの場所」「カビが広がった経緯」など、分かれ目はたいてい写真とメモで残せるものです。逆に言えば、写真に大きさが写っていない、場所がわからない、経緯が書いていない——となると、同じ傷でも説明が難しくなります。

なお、故意・過失による負担であっても、壁紙などは経過年数を考えて負担割合が小さくなる、というのがガイドラインの考え方です。根拠を残すことと、負担の割合を考えることは、別の作業として分けておくと整理しやすくなります。

写真と記録の残し方:1か所ずつ、小さく進める

壁の傷1か所を「引き」「寄り」「ものさし」の3枚で撮る方法を示した図
1か所につき3枚。部屋のどこか・どんな傷か・どのくらいの大きさかが、写真だけで伝わる。

① 入居時と同じ場所から撮る

いちばん効くのは、入居時の写真と並べて見せられることです。入居時の写真があるなら、立会いの前に開いておき、同じ壁・同じ角度で撮ります。「入居時:この壁に穴はない」「退去時:同じ壁に穴が2つ」と並べられれば、入居時との違いの説明はほぼ終わります。

入居時の写真がない部屋でも、あきらめなくて大丈夫です。入居者さんが入居時に提出した確認リストや、前回の退去後に行ったリフォームの記録・写真が手がかりになります。「前回の退去後に壁紙を張り替えていて、そのときの写真では穴はなかった」と言えるだけでも、話はずいぶん違います。

② 1か所につき「引き・寄り・ものさし」の3枚

傷1か所につき、次の3枚を撮ります。

寄りの写真だけだと、どの部屋のどこなのかが後から分からなくなります。引きの写真だけだと、画鋲の穴なのか釘の穴なのかが分かりません。3枚そろうと、写真を見た人が同じ場所を思い浮かべられます。撮影日時が残る設定にしておき、写真の加工はしないでおきましょう。

③ 原因は「見たこと」と「聞いたこと」を分けてメモする

原因の記録は、推測ではなく事実で残します。メモは2つに分けると書きやすくなります。

入居者さんのひと言は、責めるためではなく、事実を確かめるために聞きます。「この穴、何か取りつけていましたか?」と穏やかに聞くと、多くの方はそのまま話してくださいます。聞いた内容は、その場で入居者さんと一緒に確認しておくと、後から「そんなことは言っていない」となりにくいです。

④ 範囲は「直す最小の単位」で記録する

範囲の説明は、「どこまで直すか」とセットです。ガイドラインでも、補修は可能な限り毀損部分にとどめ、壁紙なら1㎡単位を基本としつつ、色や模様を合わせるためにやむを得ない範囲(その面)までは借主負担とする考え方が示されています。

ここでは、補修の見積もりと写真をつなげて記録します。

部屋全体の張替えになるときは、それが入居者さんの負担の範囲なのか、次の募集に向けた貸主側のリフォームなのかを、ここで分けておきます。

⑤ 精算書の明細と写真番号をつなぐ

最後に、精算書の1行ごとに写真番号をつけます。

こうしておくと、入居者さんから電話があったときも、「お送りした写真の3番をご覧ください」と同じ資料を見ながら話せます。オーナーへの報告でも、写真番号つきの明細はそのまま説明資料になります。

影響:根拠があると、話し合いが「確認」に変わる

写真と記録がそろっていると、入居者さんとのやり取りは「言った・言わない」から「一緒に資料を見る」に変わります。納得していただけることもあれば、写真を見て「これは入居時からありましたね」とこちらが気づくこともあります。それでいいんです。根拠を残す目的は、入居者さんに負担をかけることではなく、正しく分けることにあります。

反対に、根拠がないまま請求すると、説明に時間がかかり、最後は「今回は管理側で持ちます」と根拠のない譲歩になりがちです。どちらに転んでも、担当者の気持ちは疲れてしまいます。少額訴訟や消費生活センターへの相談になったときも、最初に見られるのは、この写真と記録です。

明日やること

今日はここだけ確認できれば十分です。

チェックリスト

故意・過失による負担の根拠を残すためのリストです。全部を一度にそろえなくて大丈夫。忙しいときは、【最低ライン】の2つだけでも押さえておけば、後からの説明がずいぶん楽になります。

入居時との違い

原因

範囲と精算書

なお、負担の扱いは契約書の特約や物件の状況によって変わります。ガイドラインの例示はあくまで考え方の目安として、実際の判断は契約書の内容と、その部屋の状態を確かめたうえで進めてください。話し合いがまとまらないときは、ひとりで抱えず、弁護士などの専門家や地域の相談窓口に相談しましょう。

管理会社の机で、整理された写真つきの資料を見ながら電話で穏やかに話す賃貸管理担当者
同じ資料を見ながら話せれば、精算の電話はもう怖くない。

最後に

退去の多い時期は、立会いが続き、精算書を急いで作り、写真の整理はつい後回しになりますよね。立会いの場で全部を完璧に記録するのは、正直なところ大変です。

でも、1か所につき3枚撮って、見たことと聞いたことを一行ずつ書いておく。それだけで、数日後の電話で「写真の3番を見ていただけますか」と落ち着いて言えるようになります。 入居者さんにもオーナーにも、根拠をもって誠実に説明しようとしているあなたの姿勢が、精算をいちばん穏やかに終わらせる力になっています。まずは次の立会いのカバンに、メジャーを1本入れるところから始めてみましょう。

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