退去後の空室で、管理担当者がリフォームの見積書を手に室内の壁を見比べながら考えている情景

退去後のリフォーム、原状回復とバリューアップを切り分ける3つの箱

退去立会いが終わって、業者さんから見積りが届く。開いてみると、壁の穴の補修、全面のクロス張替え、照明の交換、温水洗浄便座の新設……と、ずらりと並んでいます。「これ、どこまでが入居者さんの負担で、どこからがオーナーさんの判断なんだろう」。一行ずつ眺めているうちに、手が止まってしまうこと、ありませんか。

ここは現場でもいちばん迷いやすいところです。工事は一枚の見積りでまとめて出てくるのに、お金を出す人と、決める人は工事ごとに違う。迷うのは、あなたの知識が足りないからではありません。種類の違う工事が、ひとつの紙に混ざっているからです。

結論:退去後の見積りは、発注の前に次の3つの箱へ一行ずつ振り分けます。
1. 入居者負担:入居者の故意・過失や、通常の使い方を超える使い方でできた傷や汚れの回復
2. 貸主負担:経年劣化・通常損耗の回復など、次の入居者に貸すために必要な修繕
3. 価値アップ(バリューアップ):元の状態より良くする工事。オーナーさんが「投資」として決めるもの

箱が分かれれば、入居者さんへの説明、オーナーさんへの提案、業者さんへの発注が、それぞれ迷わず進められます。

今日は、手元の見積りを3つの箱に分けてみるところまでで十分です。順番に見ていきましょう。

何が起きているか:「直す」と「良くする」が同じ紙に載る

退去後の工事には、目的の違うものが混ざっています。

業者さんにとっては、どれも「この部屋の工事」です。だから見積りは一枚にまとまって届きます。それ自体は自然なことです。

困るのは、この区別がつかないまま話が進んだときです。

どれも、誰かが手を抜いたから起きるわけではありません。最初に箱を分ける一手がなかっただけです。

3つの箱の分け方

見積書から出た工事の項目が、入居者負担・貸主負担・価値アップの三つの箱に振り分けられていく図
見積りは一行ずつ「入居者負担・貸主負担・価値アップ」の3つの箱へ。箱ごとに説明する相手と決める人が変わる。

箱に分けるときは、工事の一行ごとに、次の2つの問いを順番に当てていきます。

問い1:その工事は「元に戻す」ものか、「良くする」ものか

まず、工事の目的を見ます。

たとえば、普通の白いクロスを同じグレードの白いクロスに張り替えるのは「元に戻す」工事です。一方、同じ壁をアクセントクロスに変える、和室を洋室にする、温水洗浄便座を新しく付ける、といったものは「良くする」工事です。

迷いやすいのは、元に戻すついでに少しグレードを上げるケースです。この場合は、元と同じグレードで直した場合の金額までを「元に戻す」箱に、上乗せになる差額を「価値アップ」の箱に入れると整理しやすくなります。

問い2:元に戻す工事は、何が原因か

「元に戻す」箱に入った工事は、次に原因を見ます。ここは国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の考え方がよりどころになります。

入居者負担の箱に入るものでも、クロスや設備には経過年数による減価があるため、全額を請求できるとは限りません。負担割合の考え方は原状回復の減価償却、入居年数で負担割合を残存価値から考えるにまとめています。また、契約書に特約がある場合は、その内容もあわせて確認します。

具体例:ある1Kの見積りを3つの箱に分けてみる

入居6年で退去した1Kの見積りを、3つの箱に分けた例です(金額は考え方の例で、物件や地域、業者さんによって変わります)。

工事項目金額箱理由
壁の穴の補修とその面のクロス張替え25,000円入居者負担入居者さんの過失による穴(経過年数による減価は別途考える)
残りの面のクロス張替え(同じグレード)65,000円貸主負担日焼け・経年劣化
網戸の張替え8,000円貸主負担経年劣化
アクセントクロスにする差額15,000円価値アップ元より見た目を良くする上乗せ分
照明のLEDシーリングライト化30,000円価値アップ設備のグレードアップ
温水洗浄便座の新設45,000円価値アップ元になかった設備の追加

箱ごとに足すと、こうなります。

一枚の見積りで「188,000円です」と伝えるのと、「このうち入居者さんの負担分が25,000円、次に貸すために必要な修繕が73,000円、やるかどうかをご相談したい工事が90,000円です」と伝えるのとでは、オーナーさんの受け止め方がまったく違ってきます。

影響:箱が分かれると、3人への説明がそれぞれ楽になる

入居者さんへ:精算の根拠がはっきりする

敷金精算で入居者さんに伝えるのは、入居者負担の箱の中身だけです。価値アップの工事費が精算に紛れ込むと、「なぜ新しい設備の費用まで払うのか」というもっともな疑問につながります。箱を分けておけば、請求の一行一行に「どの傷の、どの回復か」を添えて説明できます。

オーナーさんへ:「投資の相談」として話せる

貸主負担の箱は、次に貸すために必要な費用として、報告と承認をもらいます。価値アップの箱は、やる・やらないを選んでもらう提案として出します。

提案するときは、工事費だけでなく、何が変わりそうかを一緒に添えると判断しやすくなります。たとえば、価値アップの90,000円をかけて家賃を月2,000円上げられそうなら、90,000円÷2,000円=45か月で工事費を回収する計算になります。家賃は据え置きでも、空室の期間が短くなりそうなら、その分の家賃も考える材料になります。ただし、どれくらい家賃や決まりやすさに効くかは、エリアや物件、募集時期によって大きく変わります。「必ず上がります」とは言わず、近隣の募集事例や仲介会社さんの声をそえて、判断はオーナーさんにゆだねましょう。家賃の見立て方は家賃査定はどう進める?近隣相場の調べ方と募集賃料の決め方が参考になります。

なお、価値アップの工事は、修繕とは税務上の扱いが変わる場合があります。オーナーさんには「経理上の扱いは税理士さんにご確認ください」と一言添えておくと安心です。

業者さんへ:発注を分けて、止めずに進められる

箱が分かれていれば、入居者負担と貸主負担の工事は先に発注し、価値アップだけオーナーさんの返事を待つ、という進め方ができます。全体の判断待ちで工事が止まらないので、空室期間を延ばさずにすみます。業者さんには、価値アップ分を別の見積り(または別の行)で出してもらうよう、最初にお願いしておくと後が楽です。

明日やること

明日は、次のどれかひとつで十分です。

チェックリスト:発注と精算の前に

最後に

退去後の見積りは、一枚の紙なのに、入居者さん・オーナーさん・業者さんの3人分の話が詰まっています。それを一人で読み解こうとするから、重く感じるのだと思います。

箱に分けるのは、誰かに厳しくするためではありません。入居者さんには払うべき分だけを、オーナーさんには選べる形で、業者さんには止まらない順番で。 それぞれにちょうどいい形で手渡すための、ひと手間です。

見積りを前に手が止まっていた時間も、ちゃんと考えていた時間です。まずは手元の一枚に、3色のペンで印をつけてみましょう。

工事が終わった明るい部屋で、管理担当者がきれいになった室内を見渡して満足そうに微笑んでいる情景
箱に分けて手渡せば、工事も精算も止まらずに進む。次の入居者を迎える部屋が、ちゃんと整う。

よければ、こちらも

業者さんの見積りの内訳が妥当かを見るときは原状回復の見積りが妥当か不安なとき、内訳の見方と相見積りの手順を、入居者さんへ精算書を渡す前の確認は敷金精算書を渡す前に、自分で見直すチェックの順番を参考にしてください。クロスの負担の考え方は壁紙の張替え費用、㎡単位と部屋単位どちらで負担を考える?、工事を止めずに次の募集までつなぐ段取りは退去予告から募集開始まで、空室期間を縮める段取りリストにまとめています。入居者負担分の目安は原状回復・入居者負担の目安 計算機でも確かめられます。

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